アドラー心理学サロンです。
仕事をしない人がいる、勉強をしない子供がいる。
こうした人や子供に対して憤りを感じたり、困らされたりしておりませんか?
まず、アドラー心理学として「課題の分離」に対する基本的なスタンスをご説明します。
例えば、「仕事をする」、「勉強をする」という課題があった時、アドラー心理学では「これは誰の課題なのか?」という視点で自分の課題と他者の課題を分離して考えを進めます。
他者が仕事するかしないか、勉強するかしないかは、その他者の課題であって自分の課題ではありません。
あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、または自分の課題へ土足で踏み込まれることから引き起こされます。
つまり、自分と他者の課題を分離し、他者の課題には踏み込まないようにしましょう。
「仕事をしなさい」、「勉強をしなさい」というのは他者の課題へ土足で踏み込むことと同じです。
誰の課題なのかを見分ける方法
「その選択をすることでもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰なのか?」を考えることで簡単に見分けることができます。
仕事をしないことで、惨めな思いをしたり、勉強しないことで希望する学校に入れないなど、最終的に結末を引き受けるのは本人でしかありません。
家族や友人は、よく「あなたの為を思って」という言葉で介入を試みますが、それには自分の目的である「見栄」や「世間体」を良くする考えがあるかもしれませんし、「支配欲」を満たそうとしていることだってあります。
つまり、あなたの為ではなく、「自分自身の為」であると察知して人は反発するのです。
ここでアドラー心理学が良く勘違いされてしまうポイントがあります。
放任主義とは、あなたが関係している他者が何をしているのか知らない、知ろうともしないことです。
子供の例で言えば、その子供が何をしているのか知った上で、見守ることが大切です。
勉強をすることや、仕事をすることは本人の課題であることを伝えた上で、本人がやる気になった時にはいつでも援助をする用意があることを伝えておきます。
頼まれもしないのに、あれこれと口出しをして他者の課題に踏み込むことはやめましょう。
アドラー派の多くのカウンセラーは、カウンセリングを受けて本人が変わるのか変わらないのかは、カウンセラーは介入せずにご相談者次第であると考えます。
できる限りの援助をして、環境を整えてあげることは他者としてやってあげられることですが、実際にどう判断し行動していくのかまでは介入できません。
「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」のです。
こうしたスタンスを取れず、強権的な介入をしても後々に本人から強烈な反発を受けることになっていまいます。
あなたを変えることができるのは、あなたしかいません。
あまりにも介入をしてくる人がいれば、「止めてください」と話し合うか、距離を取りましょう。
他者はあなたの人生の責任を全て取ることなんて原理的に不可能なのです。
課題の分離が難しい局面は至る所で発生します。
例えば、あなたが仕事のできない部下とあるプロジェクトを進めることになったとします。
こういった時でも、あなたは仕事のできない部下を責めたり、追放することを最優先にするべきではありません。
あなたが最優先で考えるべき「仕事」は、仕事のできない部下がいることを説明して、プロジェクトが完結できないことを承認してもらうことではありません。
こうしてプロジェクトが進められないことの承認を求めているだけだと、部下がもう少し優秀ならば、自分のプロジェクトは完璧なのだと認めてもらうためにあなたはその部下を必要とすることになってしまいます。
「できない自分を認めたくないから、できない部下を作り出す」という目的論ではなく、「できない部下がいる中で、最高の結果を出す」ことにコミットすることに専念すべきなのです
決して、他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させてはならないのです。