アドラー心理学サロン

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【驚愕必至】人の目なんて気にするな!人は他人に、何の興味も無い

アドラー心理学サロンです。


「自分が周りからどう見られているのか?」

これは多くの人たちが、一度は気にしたことがあることでしょう。


人の目が気になってしまうと、中々自分らしくあれずに、他人に自分の価値を決めさせてしまうことにもなります。


アドラー心理学で、人からの視線に苦しまれて悩まされている方が、少しでも本記事にてお気持ちを楽にして頂けましたら望外の喜びです。


特に日本社会は、西洋の自分は自分、他人は他人といった個人主義的な風潮と対比して、農民文化に由来する集団行動を重んじ、集団の中で協調して和を乱さないようにする集団主義的な文化です。


多くの日本人は、人の目を気にして、みんなから嫌われないか、みんなと足並みが揃っているのか、目立って悪口言われたり、いじめられないようにしないと…などと考えてきていたり、逆にみんなとは違った行動や考え方をする人を監視したりしたことがあることでしょう。


アドラー心理学は、考案者であるアルフレッド・アドラー氏がオーストリアの心理学者であり、西洋文化で発案されておりますので個人を重んじる傾向が強くあります。


そんなアドラー心理学は、「みんなで~」、「みんなと同じ~」といった集団での和を徹底して守ろうとする日本社会において非常に強いインパクトを与えました。


アドラー心理学の課題の分離の、「他人が自分をどう思うのかは他人の課題であり、自分には介入できない」とする考え方と、承認欲求を否定して、自分のあり方は自分で決めて、他人から褒めてもらうことも、認めてもらうことも必要は無いとする考え方は多くの日本人の常識を打ち破り、救いました。


しかし、その逆にアドラー心理学を実践して大問題に発展してしまった、こんな自分勝手な心理学ありえない!というアンチな反対意見も巻き起こりました。


ですが、それは本当に日本人が心の底からみんなでお互いに気を遣いながら協調を望み、他人主体だからなのでしょうか?


今回は、人の目を気にする多くの日本人の傾向を題材に、人の目を気にする意味も必要性も無いことをご説明いたします。


人は、本質的に他人には興味なんて持っていないのです。前置きの文にて、日本社会が集団の和を重んじる文化が強いことをご説明しました。


幼い頃から学校教育でみんなで一緒に行動することを刷り込まれ、家庭教育では「そんなことをしていたら、人から笑われるよ」、「みんなから変な人だと思われちゃうよ」と他人の目を気にして自分をみんなから受け入れられるように作り変えるように生きてきたのです。


これは一見、他人に注目して、他人を気遣っていたり、他人に譲るような行動に見えることでしょう。


しかし、これは実は他人よりも自分に興味がある証拠なのです。


他人から非難されたくない、馬鹿にされたくないといった考えをして、自分の保身ばかりに気を取られていることになります。


みんなと合わしていれば、自分の責任を回避できて、面倒なことをしなくても済むという心理が裏側にあります。


もちろん、本当に人を気遣ったり、他人に譲る優しさからくる行為もありますが、多くの人の目を気にする人は自分に自信が無く、自分のことがよく分からないからと、他人のあり方を詮索して自分と比較して、相対性の中で自分の価値や存在意義を確認しようとしているだけであることがほとんどです。


多くの日本人は、集団の和を風変わりな人によって乱されて、自分が面倒ごとに巻き込まれることを恐れているだけなのです。


つまり、そもそも他人を監視して詮索しては、悪口や陰口、褒め称えたりすることも、自分を相対的に確認する為だけの行為であることが多いのです。


あなたがどういう人間なのかなんて、他人はあなたが思っているよりは気にしてはおりません。


たとえば、芸能人やスポーツ選手に街中で会ったところで、それは一瞬の会話のネタでしかないのです。


そうやって、自分は凄い人に会ったんだ~と話をして、自分には価値があるんだよとアピールして他人に自分の価値に注目してもらいたいだけなのです。


こうして自分の軸が持てず、他人からの反応によって自分の価値や存在意義を確認していると、幸せな人生を生きることは困難です。


アドラー心理学の課題の分離、承認欲求の否定を身に付けることで、他人と自分を区別して、他人に褒めてもらうのではなく、自分の中で良い悪いの価値観を持って自分で自分を定義できるようになりましょう。


こうして、自分の価値を自分で決められるようになるには、人の目を気にしてばかりいると難しいのです。


要するに、他人の目を気にしないこと自体には何の問題も無いのですが、会社や学校などではマナーとして割り切って目立たないようにするなどの振る舞いが必要になっても、あなた自身の生き方やあり方にまで、他人の視線という介入をさせてしまうと、あなたが辛くなるだけなので気にしないようにした方が良いでしょう。

 

結論としまして、多くの場合、人が人を詮索するのには人に関心が高いことが理由ではなく、他人の凄いところを見つけ出して、その人との繋がりを人に伝えて自分は凄い人と繋がりがあるんだ!と自分に注目を集めようとしていたり、人のあら探しをして悪口を言ったりして見下し、自分の価値を相対的に高めようとしています。


他人の噂話をしていても、それはその人への興味・関心からではなく、他人を攻撃したり褒め称える、または自分は面白い話のネタを持っているのだと、自分の存在への注目を集めようとする自己中心的な行動だと思えれば、人の目や自分の噂話など気にならなくなることでしょう。