アドラー心理学サロンです。
誰しも、他人のことを妬ましく感じた経験はお有りかと思います。
学生時代ならば、自分よりも圧倒的に勉強もスポーツもできる人に対して憧れる思いと妬みのような感情を抱いたり、会社員ならば自分よりも学歴が高くて仕事もできて、年収も高い人に対して不公平だと感じたり、恋愛てあれば、自分の好きな人が自分以外の異性と楽しそうに過ごしているところが気に入らなかったりなどなど。
妬みや僻みの感情は、人間にもともと備わっている、自分も他人も不快な思いしかせず、自分を窮地に追いやるだけの損しかしない特性です。
最初に断言しておきますが、人に嫉妬して良いことは何一つありません。
嫉妬なんてただの損気です。
自分よりすごい人に嫉妬したら、自分の負けだくらいに思っても、間違いでは無いと思います。
では、嫉妬してどんな損を実際に被ることになるのか、具体的に見ていきましょう。
・成長の機会を逃す
自分よりも、何かに秀でている人に嫉妬してしまっては、その人から何も学ぶことができなくなってしまいます。
自分よりも優れたところのある人との出会いは、自分が成長する機会であると認識して、どうしたら自分もその人のように上手くなれるのか?を教えてもらいましょう。
単純に、自分よりも実力のある人は、その組織の中においても肩書き以前に強い立場にあることが多く、逆に自分が追い詰められてしまう可能性だって高まります。
そうやって他人を妬むくらいなら、いっそのことその人がもっと成長できることを願い、応援すればあなたもその人に応援してもらえます。
人は誰でも、自分に好意的に接してくれる人を好きになるものです。
これが恋愛の場合でも同じで、もちろんあなたに好きな人が振り向いてくれるのかどうかの保証はありませんが、自分の恋愛が行き詰まることを願ってやまないような人に好意を持つはずがありません。
自分が他の人のところに行っても、自分の幸せを願い、自分を好きでいてくれる、そんな人を嫌うことはあり得ませんし、むしろ好感度は上がるばかりです。
好きな人の幸せを願うことで、好きな人はあなたはの好感度を上げます。
・みんなから嫌われる
他人の悪口や陰口を言ったり、人に嫌がらせをしているような人は誰も良い気がしませんので、前向きな良い人はあなたから離れて行ってしまいます。
後ろ向きで、ネガティブな人ばかり自分のところに集めてしまっては、傷の舐め合いをして自分達を慰めるばかりで自分の成長は一切望めなくなるばかりでなく、その組織の中でも単なる問題児として認識されてしまいます。
他人の足を引っ張る時間があるのなら、少しでも、一歩でも前進できるように努力しましょう。
アドラー心理学の課題の分離で説明すると、他人の在り方を決めるのはその人の課題であり、自分の課題ではありません。
他人の課題に介入してもいけませんし、自分の課題に他人を介入させてもいけません。
そうやって勝手に嫉妬して勝手に落ち込んでいたら、自分の課題にその人を介入させていることと同じことになってしまいますよ。
アドラー心理学では、嫉妬することは相手が自分を嫌う理由を探してしまうことでもあるとしています。
「どうせ自分なんて…」と他人と自分を比較して自分を自分で見下していると、本当にみんなから見下されてしまうかもしれません。
・自分のコンプレックスを広げてしまう
上記の、「みんなから嫌われる」と多少内容が重複しますが、他人を見下げようとすればするほど、自分を傷付けることになるんですよ?
人の悪口や陰口を言ったり、他人に嫌がらせをしたりすることは、自傷行為と何ら変わりません。
アドラー心理学では、人は誰しもが今よりも良くありたいという向上心である「優越性の追求」という傾向を持つとしています。
アドラーは、人は自分の劣等感をとにかく克服しようとする生き物であり、前向きに健全な努力をしてもそれがかならない場合には、後ろ向きで不健全な努力をして、自分の劣等感を安易に克服しようとしてしまえ「安直な優越性の追求」という危険な性質も兼ね備えているとしています。
つまり、悪口や陰口、人への嫌がらせといった行動は、不健全な努力であり単に惨めな自分を慰める為に、人を見下して安心しようとしてるだけです。
要するに嫉妬するということは、自分の傷口というコンプレックスを広げて深める、愚かな状態と言えるのです。
どうしても、他人と自分を比較して惨めな思いをしてしまい耐えられないのなら、昨日の自分と今の自分を比較するのはいかがでしょうか?
昨日よりも一歩でも成長できているのか?、前進できているのだろうか?と、他人よりも「上」にいるのか「下」にいるのかで比較するのではなく、過去の自分よりも自分が「前」に向かって日々、前進できているのかを自分の位置を測る基準とするのです。
結論としまして、嫉妬しても何一つ良いことは無く、更に悪い方向へ自分を向かわせてしまっているだけなのはアドラー心理学だけではなく、他の心理学、一般論も含めて明らかです。
ついつい、やってしまいがちになる妬みや僻みはできるだけ出さずに、自分の本来の「成長したい」という目的の為に活用しましょう。