アドラー心理学サロン

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大声を出す為に、怒りという感情を使っている⁉︎

アドラー心理学サロンです。


これまで、アドラーは感情には必ず何らかの目的があり、その目的を達成する為にひとは道具として感情を使っていると言っているとお伝えしてきました。


こちらの仕組みについて、何で感情的に大声を出したり、泣き叫んだりする目的の為に「怒り」や「悲しみ」という感情を使う必要があるのか分からないという疑問を方々からお受けします。


本記事では、「怒り」という感情を題材としてアドラーの言う感情の目的とその行動について解説させて頂きます。


先ずは感情の目的について確認しておきましょう。例えばあなたが何らかの資格の取得の為に勉強しているとします。


試験が近づいてきており、大変な時期で飲み会になんて行ってる場合では無いのにも関わらず、飲み会に行ってしまったとすればそれはあなたが飲み会に行くことが「自分のため」になると判断したからです。 


飲み会に行かずに勉強を続けることも人によっては「自分のため」になると判断することもあります。


つまり、この「自分のためになる」と判断したことこそがその人の目的であると考えることができるのです。


どんなに勉強で心身共に疲れていても、限界だと思っていたとしても飲み会に行ったのはストレスで我慢ができなかったという理由では無くて、ストレス発散が自分のためになると判断したからなのです。


むしろ、このストレス発散が目的であればまだ良くて、もっと重大な別の目的があることもあります。


試験勉強のストレス発散だと割り切って飲み会に行ってしまったのなら、飲んだ後に激しく後悔することはありませんが、大抵の人たちは飲み会に行ってしまったことを後悔して酷く落ち込んでしまいます。


本当は勉強がしたかったのだけど、ストレスや疲労が限界で勉強できなかったという言い訳にしようとしている可能性が高いのです。


つまり、こうした場合に多くの人々は「もしも勉強はしていたなら合格できていたかも!」という可能性の世界で生きようとしているのです。


つまり、アドラーの観点では、本当の目的は一生懸命勉強しても資格試験に合格できなかったという現実に直面したくないというものです。


人は、基本的に自分の都合のいいように過去の記憶や物事を改ざんして、自分を正当化できるようにしてしまいます。


この正当化を、事後に本人が知らないうちにしてしまうこともあるのです。


例えば、仕事で結果を出せずにミスをしてしまったとします。


自分の体調が悪くて周りの人たちが手助けをしてくれなかったからだと、自分も他人も納得できる理由をこしらえては、全力で仕事に取り組んだにも関わらず失敗してしまったという現実に直面しないように自分を正当化してしまうのです。


ただ、こうした目的に本人が気付くことはありません。


こうした正当化によって作り出された因果関係を、アドラーは「見かけの因果律」と呼びました。


実際には因果関係が無いにも関わらず、因果関係があるように見せかけようとしているという意味が込められています。


感情の目的が分かったところで、なぜ「怒り」という感情を大声を出す為に使ってしまうのかといいますと、先ず「怒り」という感情の目的は多くの場合は相手を自分の思い通りに動かしたいという目的があります。


言葉で伝えるという手段があるにも関わらず、大声を出すことを選択したのは、それが自分のためになると判断しているからです。


では、なぜ大声を出すことが自分のためになると判断したのかと言うと、自分の言葉に耳を貸してくれなかったという現実に直面したく無いからかもしれません。


プライドが高い人や、その相手が自分を見くびっているような人であれば尚更、自分の面子を守ろうとして大声を出すこともあるのかもしれません。


本記事にてご紹介致しましたのはあくまでも、一例となります。


その人や状況によって、目的や行動には違いが生じますことをご了承下さい。