アドラー心理学サロンです。
本記事では、嫉妬されて困り果てている、または嫉妬心に駆られているあなたへ、嫉妬という悪魔のささやきのような感情への対処方法をご紹介いたします。
嫉妬への対処策の前に、あなたの置かれている状況を理解する方法と、嫉妬とは何かについてをご説明させて頂き、その後に嫉妬対策についてアドラー心理学をベースに解説させて頂きます。
日本は嫉妬社会
嫉妬されてしまい、他人に足を引っ張られたご経験や、自分より凄い人への嫉妬心によって自分のことに集中できなくなってしまったことがあなたにもありませんか?
ご認識しておいて頂きたい点が、「嫉妬」は世界共通ですが、日本は世界的にもかなりの「嫉妬社会」であるということです。
あなたも幼少期から繰り返し耳にしたであろう「みんなと」、「みんなで」という言葉が頻繁に使用されて、「みんなと仲良くすること」、「人に笑われないようにする」集団での和を乱さないようにすることを日本人は刷り込まれています。
その為、一般的には日本人は人の目を気にしては、他人からどう思われているのかを気にしたり、その逆に他人のことを観察してはみんなとの標準化を自分にも他人にも求めるのです。
つまり、自分は自分という自我を持つというよりは、みんなで一つであろうとするのです。
そこから生じる横並び意識から、自分の属する集団である「みんな」という基準から上にも下にも乖離することを恐れており、乖離していると全員で標準化を求めます。
嫉妬社会である日本で自分らしく生きる為には、ある程度は他人の顔色を伺った素ぶりを見せて反感を買わない技術を身に付けないと、足を引っ張られてしまいます。
たとえば、日本に住むお金持ちは、常にかなりの監視とバッシングに晒されております。
つまり、日本に住むお金持ちは、日本社会の「みんな」が求めるお金持ち像を、表面上だけでも振る舞う必要が日本のお金持ち達や有力者にはあるのです。
嫉妬への対処方法としての振る舞い方は、あなたのできる範囲で自分に求められているであろうことを表面上だけで「演技」することです。
むしろ、個人単位で自我を保たず、集団単位でアイデンティティを確立しようとする多くの日本人は、独自の自我を持たずに他人に依存的でもあるので、集団での形式上での振る舞いを信じ込みます。
ある意味、他人から影響されやすく日本人は純粋で単純でもあるので、「本音」を出さないで表面上の演技力さえ磨けば問題を回避しやすい環境でもあるのです。
日本社会では、集団の中での「演技力」と、「本音の出し方」のバランスの取り方が、幸せに生きる秘訣であるとも考えられます。
私は決して日本が嫌いな訳ではありませんが(笑)
嫉妬とは
最初に、「嫉妬とは何か?」という疑問にお答えします。
嫉妬を知るには、嫉妬という感情の目的を知る必要があります。
何が目的になっているのかは、その人とその状況によって変わります。
アドラー心理学では、どんな感情にも必ず目的があるとしています。
アドラー心理学で良く例えられる感情の目的は、「怒り」には相手に自分の言うことを聞かせたい「支配」という目的があるというものです。
これと同じように、嫉妬には相手に自分の思い通りの振る舞いを求める「支配」や、相手を否定して自分は間違っていないと思い込みたい「自分の正当化」などが目的になっている可能性があります。
あなたの嫉妬や、あなたに嫉妬する人達はどんな目的があるのでしょうか?
嫉妬という感情の目的が「嫉妬とは何か」という疑問の答えになります。
妬みや僻みは、単純に嫉妬という言葉にくくること自体も難しく、その表れ方は多様です。
「憧れ」や「羨ましい」気持ちから、束縛や陰口、悪口などの行動に移っているので注意が必要になります。
心理学者アドラーは、嫉妬を次のような言葉で表現しました。
「嫉妬は様々な形で現れる。それは不信感、こっそりとうたがってかかるという特徴、軽視されているのではないか、と絶えず恐れることに見られる」
嫉妬してはいけません
嫉妬は、現状に納得いかない自分への言い訳であり逃げ道を探そうとする感情です。
友達でも恋人でも、嫉妬するということは相手が自分を嫌う理由を探しているだけなのです。
心理学者アドラーは、下記の言葉を残しました。
「嫉妬する人は愛されていない証拠を不断に探し出そうとしてしまいます。些細なことも愛されていないことの証拠に見え始めるのです」
まさに、恋愛における彼氏や彼女が交際している相手を束縛する心理を表しています(笑)
自分の好きな人が、誰かと楽しそうに話していると嫉妬してしまうのは、自分が嫌われる理由を探し出そうとしているだけなのです。
そうやって、自分が嫌われる理由を勝手に作り出して懐疑的に接していれば、本当に嫌われてしまう可能性を高めます。
反対に、どんな時も好きな人の幸せを願うことで、好きな人はあなたはの好感度を上げることができます。
妬みや僻みに、一銭の価値もありません!
嫉妬しても変わらない
人間には、今持っているよりも、今持っているものを失うことを恐れる法則が心理学ではあるとされています。
自分を否定するような事実や存在を、人は憧れたり、羨ましがりながらも否定する傾向があるのです。
現状の自分が嫌いで、自分に自信が無い人であっても、自分を否定せずに肯定して安心しようとして自分と対極にある人を攻撃することで自分を肯定しようとしてしまうのです。
これが、他人を妬んだり、僻むことで成長できなくなるよと言われる原因なのです。
しかし、本当に幸せになりたいのなら、真の意味で自分に自信を持つ為には、このような方法で今の自分の気持ちに折り合いをつけて納得させてはいけません。
他人を攻撃したり、悪口や陰口で人を見下して自分の相対的な価値を上げようとする不健全な方法で、自分の劣等感を穴埋めしてばかりいては、健全に真の意味で自分を成長させることはできなくなります。
他人の幸せを願い、他人の幸せを賞賛する精神性が、あなたを今いる場所から離脱させる勇気を与えてくれる幸せへの道なのです。
嫉妬は、あなたを不幸に導く悪魔のささやきです。
「なに調子に乗ってるの?」
「いい気になりやがって!」
そんなこと言って、その人を叩いてもあなたには何の得もありません。
それどころか、嫉妬は相手に「みんなに羨ましがられてる!」と思わせて、自信を与えているだけになってしまいます。
上手く足を引っ張れても、その人に嫌われたら何かを教えてもらうこと何もできなくなりますので、恩恵を受けることもできないのであなたにとってネガティブな結果にしかなりません。
嫉妬されたら、あなたの勝ちです
あなたはそれほど周りの人にとって、一目置かれる自由な存在であるということです。
あなたを嫉妬する人達は、自分に無いものを持つあなたをただ羨ましがっており、他人の不幸の蜜の味を楽しんで自分を慰めたいだけなのです。
他人の嫉妬や僻みに付き合う必要はありません。
あなたをどう思うのかは他人の課題であり、他人の課題には介入できません。
自分の行いに、後ろめたいことが無いのなら、あなたの生き方を貫くのです。
悪口、陰口、嫉妬、嫌がらせ、そんな下らないことに使う時間があるような暇人に、どう思われようとあなたには何の影響もありません。
惨めな自分を慰める為に人を見下して安心しようとするしかできない人に嫌われていたところで、どうだっていいことです。
嫉妬されるのは、あなたが魅力的である証拠です。
人は、自分と同等か、それ以上にしか嫉妬したり、陰口や悪口、嫌がらせをしたりすることはありません。
妬みや僻みの強さは、あなたの魅力度メーターでもあります。
嫉妬が鬱陶しいなら、適当に演技して相手を迎合するような態度を取っておけば、そんな単純な人達は取り敢えず黙ります。
むしろ、嫉妬を嫌がらずに、自分はどんどん前進しているんだ!と喜んで、他人からの嫉妬をエネルギーにしてしまいましょう。
反対に、妬みや僻みが無くなったら、あなたには更なる努力が必要な証拠です。