ポジティブ心理学サロン(アドラー心理学サロン)

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【永久保存版】アドラーでトラウマ克服体験記

アドラー心理学サロンです。

 

アドラー心理学を学び、トラウマを克服した人からの「トラウマ克服体験記」です。

 

非常に有益な考え方、具体的にどのようにトラウマから立ち直っていったのかが克明に記載されており、「これは皆さんのお役に立てるのでは?」と思い掲載させて頂きます。

 

下記が体験者様から皆様に向けたメッセージです。

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今回「アドラー心理学」により長年のトラウマからくる「強迫性障害」を克服した者です。


世の中の多くの「強迫性神経症」を患っている人々に「一筋の光」を差し込むことが出来ればと思い、投稿いたします。


お時間ございましたら、内容を読んでいただきご感想頂けると幸いです。

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-体験記-

長年(約20年以上)もトラウマに悩まされてきた月日。

 

いくら追い払おうとしてもしても追い払えない過去の恐怖。

 

人生が終わったも同然の辛い過去。生き地獄。

私のトラウマは他人からの暴言だった。

 

あの世に行くも同然の恐ろしい言葉!

直後よりその後で、恐るべき脅威を見せるトラウマ。

 

その日から私の人生は100%転落した。

その恐ろしい言葉が根強く執拗に限界を超える猛威で私を襲う。

 

自分でも想像できなかったその恐ろしさ。

私の全生活におもむろに影響した。

どこにいても、いつでも、その脅威は襲う。

 

安らぎの「時」も「場所」もない! 厳密にいうと「一切ない!」

絶えず怯えている! 

 

具体的にはその時に言われた言葉内容に含まれていたとてつもなく恐ろしい言葉を身の毛もよだつその言葉を、私はいつも、どこでも、目にしたり、耳にしたりすることを極端に恐れた。 友人といても、職場でも、通勤の電車の中も、道行く人の会話にも、せっかく訪れた会食の場でも、極端に恐れた。家にいればいいというものでもなかった。

 

なぜなら、「やっとの思いで休憩している」時でさえ、テレビやネットの画像や動画でひとたびそれを見たり、聴いたりすると、身の毛がよだち、これからしようとしていたことも、その日一日予定していたこともすべて一瞬で不可能になる!

 

まさに生き地獄である。

 

せっかく久しぶりに会えた友人との会話でも一たびその言葉が出ると、私の心は一瞬にして閉ざされ、帰宅後の洗浄行為の大変さに憂鬱になるのである。

 

 結果自分自身も友人と会うことをためらい、(もちろん会って話したいのです。)でも必ずと言って過言でないほど、その言葉は飛び交うのです!

 

 友人との会食も心から楽しめたことは1度もないのです。

 

 そんなことを続けているともちろん友人も減少し、「気持ち」はとても「友達が恋しいのに」現実は誘いも来ない状態へと悪化していった。

 

 いわゆる脅迫神経症になっていたのです。

 洗浄行為はこの疾患にはつきもので、想像を絶するほどつらく面倒で、心身ともに衰弱し、過度の疲労感を感じる行為なのです。

 

 なぜなら、無意味なことは十二分に知りえているのに、どうしてもしないと生きた心地がせず、心をリセットできないのです。

 

 無意味とわかっている行為をせざるを得ない状況はまさに極めて人間として辛く、厳しいことであることは分かっていただけるでしょうか。

 

 長々いろいろ書いてきましたが、要するに私は、ある恐ろしい言葉を投げかけられると言う「生きている意味さえなくなるほどの言葉」を浴びせられたのである。

 

 その後その事実は私に「強迫障害、脅迫神経症」を引き起こした。

 

 その「言葉」を見る、聴く、とそれを取り払うための「洗浄行為」を余儀なくされた。

辛く、苦しい、息もできないほどの日々、「安らぎの時、場所」の全面剥奪。

 

当初は、人との会話中にそれを聴くと、そくさま自宅に戻り入浴し、着用していたものすべて洗いなおすか、捨てるかを繰り返す日々だった。

 

 またそれにかかわる日時や数字などにも過敏に反応し、拒否反応を起こす。

 

そのものずばりの言葉でなくとも、その事件にかかわる人名、時間、月日、などすべて

拒否反応を起こすものであった。

 

 それらのどれに遭遇しても、「その日」はすべてのことを(予定していたことなども)できなくなり、ただただ洗浄行為をして「1日」が終わるのを待つ、そんな日々だった。

 

 強迫神経症とはこのように恐ろしい疾患で、ひとたび起こるとこれほど厄介なものはないのである。

 

 私は「おまえなんか消えてしまえ」と言われた。この「~」には病名が入る。

 

この病名は現代では日常よくよく耳にするもので、人、テレビ、本、雑誌どこからでも「聞かない日」のほうが圧倒的に少ないくらいの頻度で耳にしたり目にするものだった。

 

 自分はこのトラウマが発生するまで、この言葉を意識したことはなく、「聞いても」「見ても」一般人のように何も特に感じず生きてこれていた。

 

 一たび脅迫障害を起こした後は、こんなにも「この言葉」が日常に出てくるとは思ってもいなかった。 それほど人との会話でもその他でも耳にする「言葉」だったので、私の日常生活はほぼこの強迫障害と向き合いながらの日々となるのである。

 

 だから何とか脱皮したかった。もとのような生活に戻りたかった!

 

 この地獄の日々化する事件のあった後、ある人と出会う。彼は今の主人だが、自分の疾患をcoming outしたが動じず、一緒に治療を考えてくれた。脅迫障害を克服する本など買い与えてくれた。嬉しかった。唯一こんな自分を受け入れてくれる人と出会えたのだ。

 

 ところが、トラウマ発生から10年くらい経過し、彼との出会いもありようやく深い傷にかさぶたができ始めていたころ、さらに事態は急速に下降しどん底に、今回こそ「この世を後にするしかない」状況に叩き倒される事件が起こってしまう。

 

 その唯一の理解者になんと同じ言葉を言われたのだ。

 

 かさぶたは強力な力ではぎとられ、中から鮮血が吹荒れた。

 

私はその時のことをあまり記憶していない。

 しかし、彼は私の前から逃げなかった。普通人は弱いものだから、自分が相手にしたことが「自分自身命を絶たなければならいこと」だとそこから「とにかく」逃れ、逃げるものなのだ。 後先考えずにである。

 

 本来そこから身体は逃れても、もうお分かりかと思うが「精神」は絶対逃れることはできない。それどころか、日々苦しく重く鮮明にのしかかってくるのだ。

 

 私は彼はきっと逃れ、その場から身を引くと思っていた。

 

しかし彼はそのまま私の傍にいた。どれほど苦しいことだろう!

 

しかし逃げなかったのだ! それは彼にとっても生き地獄だったはず!

 

私も本来当然別離しかない状況に陥ったが、離れていても、もし一緒にいても自分に起こった事実は変えられないし、「言われた言葉」も「言われた事実」も何も変えられないし、消せないし、どこに身をおいても「窒息寸前」もしかしてその瞬間「もう人生は終わった」のかもしれないこの恐ろしい現実を回避はできないことを知っていた。

 

 次の朝目覚めたとき(といっても当然事件後ほんの一瞬まどろんだだけだが)の恐ろしい心身の恐怖と絶望感と苦しさと、現実の重さは今も決して消せることはなくはっきりと覚えている。

 

だが彼は「心底からの言葉でない。だから、事故なんだ。 もし心底からの言葉なら僕も当然ここを去る。

 

しかし自分でもこれは事故であり全くの本心でないので、何とか懺悔して謝りたい。償いないと申し出た。彼はその後現在も一日もそのことを忘れる日はなく苦しんでいると言う。

 

 私はその彼と今も一緒にいるのである。

そんななか私の薄れていた脅迫神経症はさらに悪化していった。

 

 もとの言葉のトラウマ以外に潔癖症が合併症として現れることとなる。これがまた元のトラウマを超える超難解な症状で今現在こちらのほうも大きな私の問題点となっている。

 

 汚いもの、不潔なものに超過敏に反応し拒否する。これも外出の際極めて困難を引き起こすものであり厄介極まりない症状である。

 

 そんな中今回の「テーマ」である「アドラー心理学とトラウマ退治」に出会う。

 

約20年もの歳月の中、何を読んでもどう自分の心の持ち方を変えようとしても全く無理だった「トラウマ退治」を今回「アドラー心理学」で可能にすることが出来たのだ!

 

 私が20近くもどうしても抜けきれなかった「トラウマ」からの脱皮である!

 

 最初「アドラー心理学」の中に「この世にトラウマは存在しない」があるのに驚き、早速読んでみた。

 

 初めて実感として「アドラー」の言おうとしていることが私の身体に伝わった。

 

彼は「いま、ここ」を主張している。この言葉一見大変シンプルである。

 

人生は「今、ここ」なのです!

そう、「今ここ」なのです。そしてそれ以外何も実は存在しないのです。

 

私たちは現世に生きている。

あなたには何が見えますか。

今あなたに見えるものは、そう!「今、ここ」なのです。

 

刻一刻と過ぎていく「この時間、この時」こそが現実にある事実なのです。

つまり過去はもう目に見えません。よく考えてください! 過去が見えるのはあなたの「心」の中だけなのです。 「今ここ」の現実に何も影響しないのです。

 

あなたに残されたものは「今、ここ」からであり、過去では当然無いのです!

 

限られた生命の「時」の中で、現実と全くかかわりのない過去にこだわって、これから現実としてやって来る「今、ここ」を台無しにしていいのですか。

 

というより、台無しにする故はどこにも存在しないのです!

 

だって、くどいようですが、「現実」とはそして私たちが呼吸をしているのは「今、ここ」なのですから。

 

限られた生命のなかで最も、唯一関わってくる「今、ここ」を大切に大切に自分の思うままに、自分にできることを、自分の最もありたい姿に向かって思考し、努力し、行動して行くこと以外一体「生き方」なんて存在するのでしょうか!

 

 私はこの「アドラー心理学」に出会うことができて、やっと20年ぶりに頭でなく、感覚でその意味をつかむことが出来た! そして長年の「しがらみ」「拘束」「無意味な恐怖心」

「こだわり」「苦しみ」「窒息状態」から抜け出ることが出来た!

 

 例を見ると、私は東北大震災の映像(津波に飲み込まれる人々や町)を見たときに少し今回のことに気づき始めていた。

 

 私はその映像を見たときこう思った。「世の中に、「縁起」も「まじない」も「宗教」も実は何も存在しないのだ! あるのは「現実」だけなのだと!

 

 「津波」は善人も悪人も(この世でどんなことをしていようと)一気に人々の呑み込んで消していったのだから。

 

 この世は「現実」あるのみ!

 だからよくよく考えてください!

 

私たちにあるものは「今、ここ」なのです!

刻々と過ぎゆく「今」なのです! そして命尽きるとき迄ここで「呼吸」をしているのです!

 「過去」自分の中だけに存在するもので「今から」の「現実」とは何ら関係を持たない存在である!

 

 これをしっかり受け留めその「過去」に影響され、怯え、恐怖心に支配され、一歩も前に進めない「自分」から脱皮するのです! これは「当然」のことなのですよ!

 

そう!「するべくしてすること」なのです!

それ以外「生きる道」なのないのですから! だって私たちに在るものは「今、ここ」だけなのですから!

 

さ、あなたも「今、ここ」を精一杯、自分の在りたい存在であるために生きましょう!

You can do it!

 

 何度も言うが、「過去」は唯一あなたの「心」の中だけにあるのです。

 

現実とはもう『縁』は無いのです!

 よく「過去」を忘れなさい。などどアドバイスする医者も多いと思いますけれど、「過去」を忘れることなどは出来るはずもないのです!

 

忘れようとすればするほど「過去」は鮮明に自分の「心」に蘇ります。

 

だから「過去」を忘れたり、消したり、無かったかように思おうとしたりしてもそれは不可能なのです。

 

 そうではなくて、「過去と決別する、過去を切り離す、過去を断ち切る勇気を持つのです」。

 

「今」の自分とは無関係なのだということを実感するのです!

 

自分の「自分の人生」に残されたものは「今、ここ」でありそこからなのです!

 

その「空間」だけが「今」のあなたと「現実の世界」で関わる唯一の「空間」「生命のための~時~」なのですから!

 

I wih all of you could be!

You don't have to mind your time which is unnecessary for you!

 

You should live you own life in the time which you’ll have from now on!

 

There is nothing left wihout now in this world!

I’ll show you about my theory by this chart!

                                         (Real)

             No need               (Need!)

------------------------Past-(unreal)----------------------(now)------------------------------------------->

             (Just in your mind)              (It’s a real world!)