過去と他人は変えられない。自分で変えられるのは自分だけであるという話はアドラー心理学では基本となる考え方です。
ところが、自分を変えるしかないと聞くと、相手に擦り寄ることのように聞こえている人が多いようです。
自分を変えることは自分の意思で自分の人生を変えること、つまり自分で自分の人生をより良くする為の努力のことであり、他人に合わせて都合の良い存在になることでもなければ、ゴマすりをして媚を売ることでもありません。
自分を変えることで本当の自分を見失うような錯覚にとらわれているのは、相手にとって都合の良い存在になって美味しい思いをしようと言われていると感じているのでしょう。
自分を変えることとは、変えられない周りの環境や他人を変えようとして消耗するより、自分から適応して自分の目的を達成することにあります。
職場に苦手な人がいるのなら、自分からその人を好きになる努力をしてみたり、どうしても関わり合うことが難しいのなら、相手が苦手そうな人格を演じてみたりと嫌な人との関わり方にも様々な方法があります。
それに、職場の方針が合わないのなら自分から意見を発信して、改善を求める努力だって可能です。
今いる環境の中でどうしても納得がいかないことがあって、努力をしてもどうにもならないのならその場所から離れるしかありません。
例えば転職をしたり引っ越しをしたりすることも選択肢の一つですし、それが難しいのなら転職できるように努力すればいいのです。
自分を変える努力というのは、自分のあり方を変える努力のことです。
誰かにとって都合の良い存在になることではありません。
どうしても自分を変えられない、相手が悪いのになぜ自分が変わらないといけないのかと考えてしまう人には、下記のように自問自答することをお勧めします。
「自分のあり方はそんなに完全無欠で何の欠点も無いのだろうか?、自分は何も悪くないと言い切れるのだろうか?」
決して自分を責めるべきだと言っている訳ではありません。
しかしながら、物事には必ず原因があって、あなたが良いとか悪いとか、誰々が良いとか悪いとかは関係ありません。
良いことにも悪いことにも、必ず原因があるのです。
例えば、雨が降っている日にコンビニに立ち寄って、帰る時に傘が盗まれていたとします。
もちろん悪いのは傘を盗んだ人ですが、傘が盗まれたから帰れないだとか文句を言っていても仕方ありませんよね?
傘を買うなり、ずぶ濡れになってでも帰った方が物事はスムーズに進みます。
文句を言って不快な気持ちを抱えたままコンビニでグタグタしたり、不機嫌になって店員さんや他のお客さんに八つ当たりしていても何も変わりません。
たとえ自分が被害者であって、本当に自分の不幸が他人や環境に原因があったとしても、自分から前向きな行動に移らなければずっと同じままになります。
そして、今度から盗まれないように手に持っておくようにするだとか、盗まれても大丈夫なように100均の傘を持っていくなり対策をすればいいのです。
自分を変えるとはこういうことです。
例え方が悪いだとか、そんな批判には聞く耳がありませんからね?
本質的には程度の差こそあれ、同じ理屈が通るからです。
自分を変えることは他人に擦り寄ることでも、他人に都合良く扱われることでもなく、自分で自分の運命を切り拓く勇気ある行動なのです。