ポジティブ心理学サロン(アドラー心理学サロン)

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【ヤバいのでスグに削除するかも】無差別殺人犯の犯行動機を心理学的に分析しました

京王線でのハロウィンの夜に起きた事件は、犯人の異常な言動と犯行によって日本が震撼しました。


以下が犯人の発言です。


「8月の小田急線での切り裂き事件を参考にした。」


「ハロウィンで人がいっぱいいそうだったから」


「乗車時間が長くて人が逃げられない特急を狙った。」


「東京ならたくさん人を殺せると思った。」


「仕事や人間関係で上手くいかなくなって、死にたいと思うようになったけど、1人では死ねないので死刑になるしかないと思った」


「人をたくさん殺せば死刑になれると思った。」


恐ろしいことに最近は無差別な大量殺人事件(未遂含む)が多発してきており、非常に恐ろしいことこの上ありません。


もちろん、コロナ禍という閉塞感の強い時勢の中で、先の見えない強い不安を抱えた時代背景も大いに影響していると思います。


しかしながら、私はこうした無差別な殺人事件を起こしてしまう人が増加している社会背景は、日本社会に蔓延る人と人との繋がりが薄まったことによる「孤独感」によるものだと考えております。


犯人は下記のような意味深な言葉を残していました。


「1人では死ねない、だから死刑になるしかないと思った」


無差別な大量殺人事件を実行した犯人の多くには、よく見られる共通点があります。


秋葉原通り魔事件も同じですが、犯人は真面目で目立たないキャラクターで、隅っこにいるような人だったと知人から言われていました。


まさかこんな事件を起こすような人だとは思わなかったというのか、知人が口を揃えて言う言葉です。


1人では死ねないと言いながら、激しく自暴自棄になっていて自殺願望があったのにも関わらず、なぜ何人もの罪の無い人達を巻き添えにしたのでしょうか?


それは、「私を見て欲しい」という欲求と、「自分を受け入れてくれない社会への怒りと悲しみ」が根底にあります。


死を恐れない態度に憧れて『バットマン』の登場人物のジョーカーの格好をして、ハロウィンの夜に実行したそうです。


これは、「何者かになりたい」という願望を強く反映していると捉えられます。


真面目で大人しい性格の人は、日頃から非常に不満を抱えながらもそれを長年抱え込んできており、かつ社交性に乏しいので発散のさせ方が分からないのです。


もっと社会がこういう人への居場所を作ってあげられていれば、こうした事件は減らせることでしょう。


いずれにせよ、自暴自棄になるのは勝手ですが、何の罪も無い人達を巻き込んでは注目を集めようとするのはダメですね。


アドラー心理学的に解釈をしようとすると、完全に過度な承認欲求と劣等感の間違った扱い方の境地です。


他人に自分をもっと認めてもらいたいという気持ちは誰しもがあるものですが、劣等感をこじらせていて前向きに努力をして自分の人生を変えようと考えられない人はとにかく悪事を働いて注目を集めようとしますが、まさに典型例であると思います。


人間関係で上手くいかず、職場というコミュニティの中でも上手く馴染むことができず、「孤独感を強め、自分の存在感を示すために犯行に至っている」ということです。


つまり、よくある「お金が欲しい」とか、「あの人が嫌いだから」という理由による犯行ではなく、「社会が自分を受け入れてくれない」ことに対する怒りと悲しみを訴えかけている事件であると言えます。


昭和までの時代によく見られた、自分の主義・主張を訴えかける為の犯行ではない分だけ、やはり「私を見て欲しい、私を無視しないで!」という思いからの犯行です。


つまり、犯行に正義も何も無いのです。


あるのは個人的な感情の爆発のみであり、非常に幼稚で子供じみた考えですね。


家庭環境がどうであるだとか、社会のあり方に問題があるなど様々な憶測が飛び交うと思いますが、アドラー心理学的に解釈をすると最後に「何者かになりたかった」という気持ちを訴えかけた、繰り返しになりますが歪んだ承認欲求と間違った劣等感の扱い方による大惨事であったと思います。


非常に刃渡りの長い刃物を持っていたようですし、それなりに体力のありそうな人でしたので、犯人はやろうと思えば複数人を殺害できていたはずです。


しかし、実際には殺せなくて残念などと発言しております。


油を撒いて火を付けて椅子が燃え上がったりと電車内で火事を起こしたようですが、これは殺人に直接結び付くものではありません。


本気で人を複数人殺そうとしていたのなら、逃げる乗客を追いかけて行っていたはずです。


つまり、今回の事件は特に死刑になりたいという願望があったものの、「注目」を集めることが目的の主軸であったことは間違いありません。


最後に、京王線の殺傷・放火事件の件ですが、犯人を擁護するつもりは微塵もありませんが、「死にたいなら勝手に死ね」みたいな命を軽視するような発言はよろしくありません。


感情的になる気持ちも分かりますが、命を軽視するような考えが広がってしまうと余計に同じように悩んでいる人たちへの精神的なダメージが大きくなりますし、命の大切さを忘れた社会になってしまいます。


どのような理由であれ、命を軽視した発言は控えて頂きたいというのがアドラー心理学サロンからの思いです。


今後もこうした危険人物による事件が、まだまだ閉塞感のある社会背景を前に増加していくことでしょう。


今回のような大きな事件でなくても、あちこちで報道されないレベルで起きるはずです。


私から忠告しておきたいことは、自暴自棄になるくらいなら、とりあえず仕事も全部辞めて国に保護してもらってください。


病気に行って精神を安定させることだってできますし、打つ手はいくらでもあるのでまずは冷静にこれからどう生きるのかを考えて下さい。


考えられないのなら、考えなくてもいいくらいです。


それから、危険そうな人がいないかどうかを人が集まる場所では常に警戒するようにして下さい。


見た目が派手じゃなくても、様子がおかしい雰囲気の人がいる場合には距離を取ることです。


車間距離と同じように、人間距離を取って逃げられるようにしておきましょう。


人間の心理として今回の京王線切り裂き事件の犯人は小田急の切り裂き事件を参考にしている通り、自分と似た境遇の人ややろうとしていることをやった人を知ると自分もやろうという気になってしまうものなのです。


連鎖的に事件が起きる可能性がありますので、特にお気をつけ下さい。


事件があったからもうしばらく起きないだろうと考えていると同じように起きてしまいますので、周囲への警戒を常に怠らないようにしてください。

 

事件がニュース報道がされてしまうこと自体、次の犯行を煽っていることになってしまうのでしょうね。

 

世間の注目を浴びることこそが、犯行動機なのですから。

 

テロの最大の原因は、テロそのものではなく世間の動揺と報道ということです。

 

テロリストもこうした事件を起こす犯人も同様に、注目を集めて自分の存在をアピールすることだからです。

 

皆様の無事をお祈りしています。