アドラー心理学サロン

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【人の目が気になり、嫌われたくないと思って精神的に限界が来てしまう:メールでのご相談事例】

アドラー心理学サロンです。


メールにてご相談頂いた内容を事例として質問と回答のセットでご紹介致します。


今回のご相談は、人の目を過度に気にしてしまい、アドラー心理学の課題の分離を理解しているにも関わらず、嫌われることを恐れて精神的に滅入ってしまうとのご相談です。


アドラー心理学をベースに、人の目を気にせず、嫌われることを恐れないように生きるにはどうすべきなのかご提案させて頂きました。


個人情報に関しましては、ぼかしを入れますが、皆様のお悩みの解決の一助となれれば幸いです。

 

Q1. ご相談

年齢 20前半

性別 男性

職業 宿泊業


今後どうありたいか

人目を気にせず誰かに嫌われても何とも思わない、嫌われたかもと不安にならない人間になりたい。

 

また周りの人たちと緊張せずに笑顔で良好な人間関係をつくりたい。


ご相談内容

アドラー心理学の本を何冊か読み勉強中です。


いつも周りの目が気になり、嫌われたのではないかと不安になることを治したい。


些細な相手の発言が気になり嫌われたかもと不安になってしまいます。課題の分離と考えてもなかなかこの考えが治せないです。

また緊張して疲れるのを治したいです。


しかし周りの人とは仲良くやっていきたいし良好な人間関係を作りたいとおもっているので、

嫌われたくはないというのが悩みです。


このようなことで疲れパニック障害、不安神経症になり苦しいですが治したいです。


問題と思う点

周り目を気にしすぎる。嫌われるのが怖い。

過度な不安、緊張。


どうか悩みを、解決したく藁にもすがる思いでメールしました。よろしくお願い致します。


A. 回答

アドラー心理学サロンです。


苦しまれ、藁にもすがるような思いでご相談頂けることをとても光栄に思います。


精一杯お力になれるように努めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します。


パニック障害や、不安神経症といった精神疾患を患われている原因としまして、お話を伺う限り、人の目を気にし過ぎてしまうことや、他人との良好で平穏な関係性を求めるあまり嫌われること、対人関係の中でトラブルを起こしてしまうことを過剰に恐れることで、本来の自分を抑えつけて精神的に限界がきてしまっている可能性が考えられます。


アドラー心理学については、いくつかの書籍で学ばれていらっしゃるとのことですので、今回のカウンセリングで中心となるアドラー心理学の代表的な考え方である課題の分離と、承認欲求の否定については細かな説明は割愛させて頂きます。


まず初めに、ご自身の中で整理して頂きたいのが、人から嫌われることであなたにどんなことが起きると思うのか?についてです。


アドラー心理学の課題の分離では、他人が自分をどう思うのかはその人の課題であり、自分の課題ではないので自分を良く思わず、嫌われてもそれは仕方がないので割り切りましょうという考え方とも捉えられます。


たしかに、職場などで上司や先輩全員から嫌われたりすると、仕事を教えてくれたり、評価をする側の人たちに冷たく扱われてしまうと働き辛くなってしまい辛い思いをすることになってしまうことでしょう。


しかし、基本的にはそうした立場の人にか限らず、全員から嫌われるということはあなたが全員に敵対した態度を表したとしてもありえません。


仮に、人数が少なく、同僚の絶対数が少なくてて誰かに嫌われてしまい辛い思いをしている、または日本では良くありますが、リーダー格のような人何名かに嫌われてしまい、他の人たちが結束してあなたを村八分しようとしていたとしまう、その場合には転職すれば良いのです。


仕事も会社も、贅沢を言って選ばなければいくらでもあります。


基本的には、嫌われても職場であれば仕事上で仕方なくその人とやり取りしたり、すれ違う時に嫌な思いをする程度となります。


大前提として、たしかに誰にも嫌われないように、波風立たせないように振る舞うことは一概に悪いことだとは思いませんが、全員から好かれることはできないとご認識下さい。


そうして、八方美人で、誰からにでも無難な対応ばかりする人が嫌いだという人も必ず現れますので、原理的に不可能なのです。


嫌われたら嫌われたで、仕方ないし大したことでも無い、もし大きな問題に発展してそこに居られない事態になっても転職したり、別の場所に移ればいいんだ!と考えて割り切るのは如何でしょうか?


アドラー心理学の課題の分離をしようとする前に、その前提となる「人の目を気にする」ことに対するご自身の中での意味づけを、「そもそも人は自分が思うほど自分のことなんて興味を持っていないんだ」のように変えてしまうのです。


緊張してしまうのは、失敗をしたりしてバカにされることを恐れ、恥をかきたくないという目的がが背景にあることが多くあります。


人は他人のことなんて思うより興味も関心もありません。あなたが期待の新人だとしても、少々失礼な物言いとなり恐縮ですが、自分で思うほど、あなたに期待していることはありません。


これはあなたに限らず、どんなに有望だとされる人であっても同じことです。


人が他人の悪口や噂話をする心理の背景には、他人を見下して自分の価値を高いと思い込もうとしたり、自分が面白い話のネタを持っている話す価値のある人なんだよ!とアピールすることが目的となっていることがほとんどであり、これらは他人に興味は無く、自分にしか興味が無いことの表れです。


あなたが仮に上司や先輩、同僚の期待外れであったとしても、それはその人たちの描いていた、例えるなら、上司なら仕事ができるのならこのポジションに早くなってもらえれば自分の株も上がる、同僚や先輩なら自分たちの仕事が減って楽ができるかも!といったプランが修正されるだけなのです。


要は、人は他人にそこまで興味をそもそも持っていない為、何を言われようとどう思われようとあなたにはどうにもできない以前に、その人はそもそもそこまであなたに注目していないということをご認識頂きたいのです。


あなたも同じで、人の目を気にして緊張してしまう背景には、自分がバカにされたくないという目的が先にあり、失敗して他人に迷惑をかけてしまうという不安は本来のあなたの目的ではないはずです。つまり、あなたも本質的には他人ではなく自分にしか興味が無いのです。


また、良好な関係を築かれたいとのことですが、このあなたの中での「良好な関係」についての定義も考え直した方が良いかもしれません。


笑顔で誰からも嫌われず、何の問題も無い人間関係を良好だと思われているのであれば、それは不自然な状態なのかもしれません。


アドラー心理学には、他者への貢献を常に心がけるべきとする考え方がありますが、自分の要求を抑え付けたりして自己犠牲をしてしまっている場合には、そうした関係はあなたが限界になってしまい、長続きさせることも大変ですし、あなたが幸福にはなれません。


あなたなりの「良好な関係」の定義を、世間や他人の意見に惑わされずに確立させ、実現できるようにしてみるのはいかがでしょうか?


これは何にでも言えることですが、世の中も人生も、綺麗に白黒区別できるようなことは少なく、その中間のグレーも含めた様々な配色で成り立っています。世間的な完璧、自分の中での完璧を追い求め過ぎれば、永遠に自分の気持ちは満たされることはありません。


自分の中で折り合いのつく、「まぁ、まだ自分の望むような形ではないけれどこれでも良いか!」と一種の諦めとも割り切りとも言えるような地点を見出すことも上手に、幸せに生きるのことには必要になると思われます。


アドラー心理学の実践についても、完璧に課題の分離がやり切れない!、承認欲求が捨て去れない!と思い悩んでも、それで病んでしまうくらいなら「これはこれでいいんだ」と考えることも時には必要になるシチュエーションもあることでしょう。


アドラー心理学では、客観的な事実は存在せず、全ては主観によるものであり、自分の認識している世界は他の誰とも共有できず、他人の世界を自分が見ることもできないとしています。


ご自身で辛くならないような、主観的な捉え方をすることも、ご自分を守る為には必要になります。


私の回答があなたのお悩みの解決に、少しでもお力になれれば幸甚です。