アドラー心理学サロン

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気楽でいいね!って…そんな訳ないだろ!

アドラー心理学サロンです。


あなたは友達や家族から、こんなことを言われたことはありませんか?


「あなたは苦労しないで、気楽そうでうらやましいよ」


こんな時には「私だってたくさん苦労してるし、それでも頑張って明るく頑張ってるだけなのに何でそんなこと言われないといけないんだ!」と憤りを感じて反論したくなったりしたのではないでしょうか?


相手が誰であれ、身近な人に「あなたには苦労がなくて、気楽だ」なんて言われてショックを受けたことのある人は少なくありません。


実はこれは人間の捉え方の一つなのです。


人は自分の都合の良いものしか見えず、都合の悪いものは無意識の内に記憶を書き換えてしまうのです。


たとえば、大変なことに見舞われている時などはその典型で、苦労している時は自分を慰めて自分を肯定する為に「苦労している自分は偉くて、苦労していない人は未熟なのだ」と思い込みたいのです。


つまり、頭の中で他人を「気楽な人」に作り変えてしまうこともあります。


なので、「あなたは気楽でいいね」と言われた時にはそのお相手は、大変な状況に置かれているのかもしれません。


それなら仕方ないと考えるのも一つですが、もう一つ捉え方があります。


それは、「他人の苦労は見えない」ということです。


人は、自分の苦労はやたらとハイライトされてよく見えますが、他人の苦労は見えにくいのです。


「自分がどれほどの苦労をしているのか」には強く意識が向きますが、「他人がどれだけ苦労しているのか」には意識が向かないということです。


前の記事にも書いた通り人は本質的には自分にしか興味が無く、自分に関係していないことは他人事でしかないということですね(笑)


アドラーの観点から言うと他人に認められたところで自分の状況は変わらないので、他人がどう思うのかは他人の課題だと割り切ってしまう方が良いと思います。


アドラーの考え方うんぬん以前に、他人の意見なんてこの通りとてもいい加減で基本的にすべて思いつきか、その人にとって都合が良いものでしかないのです。


他人に認められようとしてしまうと、アドラーは他人の人生という満たされない人生を送ることになると警鐘を鳴らしております。


言い換えると、そんなことを言うような人の心も理解できない人の言葉なんて、気にかける意味はありません。


他人の苦労を察することをしないなんて、それだけ心の狭い人なのです。


むしろ、反面教師にして「自分は他人の苦労見てあげられるくらい、思いやりのある人間であろう」と考えて相手を冷静に見ましょう。


そうすれば、無闇に心を他人に乱されることは無くなります。