ポジティブ心理学サロン(アドラー心理学サロン)

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【永久保存版】いじめる心理、いじめられる心理とは

アドラー心理学サロン(ポジティブ心理学サロン)です。


今回はいじめをテーマに、いじめの対策についてお話しさせて頂きます。


きっかけは、フォロワー様から先日に下記のようなメールを頂いたことです。


---メールの内容---

フォローさせていただいてます!


表題のとおり、いじめに役立つのでは?と思い連絡しました。


いじめる側の心理、いじめられた時の対処法


これを各学校などで活用できるような資料を作成、配布、または公演など出来ないでしょうか?


特にいじめる側の心理を子どものうちから周知すると、いじめる子どもの問題解決にもなり、いじめられる側が悪いという風潮がなくなると思います!


不満を攻撃するのではなく、自分を大切に自立していきやすい世の中になるといいですね。


思いつきですが、ご検討いただけたら幸いです!


暑いですがお身体にお気をつけください

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結論から申し上げますと、いじめは無くすよりもエスカレートさせないようにするしかないと考えています。


なぜなら、いじめをすることも、いじめられることも人間の本能に関わることであり「いじめ」そのものを否定することは人間を否定することに繋がってしまうからです。


「いじめをすることも、いじめられることも人間の本能って言うと、人間はいじめたり、いじめられることを楽しんでいるとでも言うのか⁉︎」と批判を受けそうなので、詳しく解説します。


いじめをすることにも、いじめられることにも根本的な原因は劣等感の取り扱い方にあります。


アドラー心理学では人は今よりも良い状態を求める「優越性の追求」という性質があるとしています。


今持っているものよりももっと良いものが欲しい、今持っているよりも多くを手に入れたい、こうした欲求が人間に劣等感を感じさせます。


満たされない自分の欲求を満たす為に、人間は現実の自分と向かい合って健全に努力するタイプと、現実の自分を否定して不健全に努力するタイプに大別されます。


健全に努力ができる人は、例えば勉強や仕事に打ち込んでより良い成績や成果を残そうとします。


しかし、不健全な努力をしてしまう人は、自分がダメな理由は家庭環境や周りの人達に恵まれなかったからだと不幸自慢をしたり、他人に八つ当たりをして自分は悪くないと自分を正当化してしまいます。


そうすることで努力できない、結果を出せない自分は仕方がないのだと周囲にアピールして、特別な存在であろうとしてしまうのです。


非行に走り、言うことを聞かず、権力に逆らう自分はカッコいいと思い込んでいる不良少年が良い例です。


このように不健全な努力をしては自分の価値を高めようとすることを「安直な優越性の追求」と呼びます。


早い話がいじめをする人間は他人に八つ当たりをすることで憂さ晴らしをして自分を正当化しており、いじめられる人間は不幸アピールをして自分は可哀想だから仕方ないんだと他人に訴えています。


世の中で発生するいじめは、この両者から始まって時に健全な努力をしている人間にまで飛び火してきます。


お互いが自分を正当化する為に、無意識のうちに求め合っているに等しいとも言えます。


いじめる側もいじめられる側も、率直に言うと人の気持ちが理解できていません。


八つ当たりされた人は何の罪も無い被害者ですし、不幸自慢された人はその分あなたに気を遣わなくてはならなくなりますので負担を感じています。


いじめられる方にも問題があるという話をあなたも聞いたことがあると思いますが、間違ってはいないのです。


ただ、圧倒的に悪いのはいじめをした方なのは確かなことです。暴力を振るわれて傷付いた方が悪いなんて話はまかり通りません。


もちろんいじめの形態は一様ではなく、その他の物事と同じように例外はあります。


何の落ち度もないのにいじめを受けていた人もおりますので、いじめられている人を責めるような意図ではありませんことをご了承下さい。


前置きが長くなりましたが、劣等感を不健全に穴埋めしようとする人によって、いじめが発生してしまうのです。


劣等感の扱い方が原因なので、大なり小なりどんな場所であっても「いじめ」もしくは近いことは起きてしまいます。


どこからをいじめと思うのかは人によって解釈がかなり乖離するので、具体的な定義は難しいので「やられた側が傷付くがどうか」を基準とするならどこにでもいじめは存在すると言えます。


つまり、メールでいじめを無くす活動をして欲しいとのリクエストを頂きましたが、いじめそのものを無くすことは不可能です。


いじめを減らすことは道徳の授業を増やしたり、厳しく教師や上司が監視して罰することで可能ですが、根本的には無くなることはありません。


前述の通り、むしろいじめをエスカレートさせない仕組みを整えることが大切です。


対策は千差万別ですが、不健全な努力をしないで健全に努力できるように勇気づけをする機会や制度を設けたり、いじめを見て見ぬふりをすることも、いじめに加担していることと同じであるということを継続的に指導するなどです。


人間の性質を否定するよりは、むしろ受け入れて問題が起きる前提で対策を講じた方が効果は高いと考えられます。