誤解されたくないと悩む人は本当に多いですね。
でも、そもそも誤解って何のことなのか考えたことがある人は少ないのではないでしょうか?
誤解のない自分ってそんなものがあるとすれば、せいぜい自分をこう見てほしいという自分勝手な願望でしかありません。
人は本当の自分はそうではないのに「こう見られたい」と思う。そして、自分が期待するように見てはもらえないことを、誤解されていると認識しています。
つまり、こんな風に誤解して欲しいと願う通りに誤解してもらえないというだけの話です。
自分も他人のことは完璧に理解できませんし、他人もまた自分のことを完璧に理解することはできません。
人は人を誤解する生き物であり、完全な相互理解など実現することはそもそも不可能なのです。
人は人を誤解するのが当たり前ということです。
つまり、誤解されるのが当たり前で、誤解するのも当たり前。
いちいち他人からの誤解を相手にすることありませんよ。
アドラー心理学の課題の分離を実践しましょう。
他人が自分のことをどう思うのかは、相手が決める他人の課題であって、自分で決める自分の課題ではありません。
自分からは他人の課題には介入せず、他人には自分の課題に介入させないようにしましょう。
日本人は自分が幸せなのかどうかすら、他人の判断に依存して決めてしまいます。
自分の幸せは自分で決められる自分の課題です。
誰が何と言おうと、自分が満足ならそれでいいのですし、他人にとやかく言われる筋合いはありません。
人の幸せについて、あれこれ詮索しては口を出したりしてくる人の方がよっぽど不幸ですからね。